タオルの補充をしようと部室に戻ったときのことだ。


「好きやねん」


背後から突然の愛の告白。がしかしユウジの口からその言葉が出てくることにはもう慣れてしまった。 もちろん私にじゃない。あの坊主頭の乙女への愛だからだ。麻痺しきってしまった感情は、もうそれを悲しいと思うことすら無くなっていた。ユウジが私に心を許せば許すほど、「私じゃない」というどうしようもない事実が現実味を増していく。「ピーピーうるさい」と女を毛嫌いしがちなユウジはそこそこモテるにも関わらず女友達もあまりいない。たぶん欲しがってもいない。だから私は女友達どころか男友達だと思われている可能性すらあった。さっきだって目の前でパンイチになられたし。いや私だって今更大した気にならないけど。


「小春がおるときに言ったらええやん」
「小春にはさっき言うた」
「ほんならなんで今言うねん」
「別に言うてもええやんけ」


意味わからん。ハハっと笑って手に持っていたタオルをユウジに投げた。柔軟剤を変えたからか、 慣れない香りに気付いたユウジはしばしばとタオルを見つめる。嫌いじゃない、と判断したのだろう。 勢いよく顔をうずめ、汗をふきながら近くのパイプ椅子に座った。そろそろ休憩も終わる時間。 今日の練習は試合形式だったはずだけど、小春と一緒にいなくていいのだろうか。


「俺な、言われてん」
「何を?」
「ちゃんと言わなアカンて」
「せやから何を?」
「『好きなら好きってちゃんと言わな、男やないで!』」


紛れもない小春の声に、思わずユウジを2度見する。小春の真似をしたということは、それは小春が言っていたということか。 小春が言っていたということは…?小春がユウジに諭したということで…? ユウジに好きって言えと…?誰に…?いやいや、まさか。あぁ!あれか、 愛は言葉で言ってもらわんと伝わらへん!っていう可愛いワガママか。さすが有名馬鹿ップル。 憎たらしいほどに見せつけてくれる。 久々に感じた、チクリと刺す痛み。「私じゃない」という証拠。いや、これもまた慣れてしまうだろう。 それほど頑丈になるくらい、私はユウジしか見ていなかったらしい。


「せやな、気持ちは言葉にせな伝わらへんと私も思う」


自分に言い聞かすようにつぶやいた。私には伝える勇気がない。だからユウジは凄いと思う。素直にそう思う。タオルの香りが気に入ったのだろうか。相変わらずタオルに軽く顔をうずめるユウジは少し言葉を選んだのか妙な間を作った。うーんとかなんやねんとかぶつぶつ独り言を交えながら、結局うまいことまとまらなかったのか降参したかのようにタオルを私に投げ返してきた。


「難しすぎるわ」
「今更なんでやねん、ユウジは毎日うざいくらい叫んでるやん」


そないなボケつまらんわ。またハハっと笑って立ち上がる。ユウジは相変わらず何かの答えを探っているのか小難しい顔をしていた。時計を見るとそろそろ次の練習が始まる時間で、「もう時間やばいで」とユウジを急かしながら真っ白なタオルが入ったカゴをよいしょと持ち上げると塞がってしまった手元に気付いた。


「ごめんユウジ、ドア開けてくれへん?」
「……」
「ユウジ?聞いとる?」


大きなカゴで狭くなった視界からなんとかユウジの方を見ると、その少々目つきの悪い顔がこちらをジッと見つめていた。睨んでるわけでも、もちろん見とれてるわけでもないその視線は、 どうやら『戸惑い』を含んでいるらしく。私、何か意味のわからないことでも言っただろうか。 キョトンとしたその顔はなんだか妙に可愛らしくて、もう少し見ていたいのもやまやまなのだが外からはオサムちゃんの声が聞こえてくる。 とりあえず、早くドアを開けてくれないだろうか。


「ユウジ?どうしたん?ドア開けてほしいんやけど」
「…のアホ」
「は?」
「俺初めて言うたんやで」


なにを?誰に?なんて?
生まれてしまったほんの少しの期待が、急かすように鼓動を刻む。 ちゃんと聞きたかった。主語、述語、しっかりとした文章で聞きたかった。それでも何も言えなかったのは、目の前のユウジが見たこともない真っ赤な顔で私を捕らえていたから。それを状況証拠とするのならば、私の予想はただの勝手な妄想というわけではなくどうやら真実の可能性がある。それに気付いた途端、アホみたいに冷静だった頭の中がぐるぐると不規則に乱れていく。微かに動くユウジの口元。次に出てくる言葉を手繰り寄せながら、叶うはずのない夢がすぐそこまで近づいていることが信じられずにいた。どうしよう。言わないで。まだ準備が出来てない。ゴクリと飲みこまれた生唾は、私のものかユウジのものか。音の出所はわからぬままただ緊張感だけがポンと跳ね上がり、耐えきれなくなった言葉が迷いなく放たれた。


「俺は、が好きや」


ゴトッと落とされたのは、私が持っていた洗濯カゴ。予想外の大きな音にビクリとした君の肩が可笑しくて、私は大粒の涙を流しながら笑った。









(2009.10.28)
(2018.3.16加筆修正)


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