お母さんから送られてきた素麺は立派な木の箱に入っていた。なかなか良い代物なのだろうが、これが先日親戚から計3箱も贈られてきたらしい。さすがに食べきれないと仕送りと一緒に私のところまでやってきたはいいものの、それほど素麺が好きではない私には少しノルマが多すぎる。








「やっぱりええ素麺はちゃうな、コシがあるわ」
「蔵ノ介が素麺好きで良かったよ、私だけじゃ食べきる前にカビ生えちゃいそうだった」
「なんでは素麺嫌いなん?夏は素麺やろ」
「嫌いなわけじゃないよ、ただなんか味気ないっていうか飽きちゃってたの」


ガラスの器できらきらと光る氷とめんつゆはなかなか風流だ。家にある適当なお椀で食べようとしたら「こういうんは形から入るのも大事なんやで」と駅前の100均まで連れていかれたのは先週のこと。涼しげなガラスのお皿と少し深めの器を2セット買って、「ネギは辛めがええから普通の長ネギでええな」「他の薬味もあった方がええわ、キムチとかどうや?」と率先して夏の風物詩を楽しもうとする蔵ノ介を見ていたら飽きていたはずの素麺も少し楽しみになってしまった。高級な素麺をすっかり気に入った蔵ノ介はこうして連日食べに来ているわけだけど、私も今のところなんとか飽きずに美味しくいただけている。今日の薬味は大根おろしとなめこだ。(これがまたサッパリしていて美味しい)


「素麺も悪くないやろ?」
「うん、なんか好きになってきたかも」
「めんつゆとネギもシンプルでええけどな、たまにはアレンジせんと」
「蔵ノ介のおかげだね」
「長く好きでいるためには工夫が必要ってことや」


「そう思わへん?」と駄目押しのように笑うので、いつの間にか素麺の話じゃなくなっていることにやっと気が付いた。蔵ノ介といるとこういうことがたまにある。蔵ノ介ほど頭の回転が速くない私は2テンポも3テンポも遅れて理解するのが常なのだけど。(…と、いうことは?)すすったばかりの素麺をゆっくりと咀嚼しながら数秒前の会話を整理する。


「それは暗に私に飽きてきた、ってこと?」
「なんでそうなんねん、もっとポジティブに捉えてや」
「だって工夫しないと好きでいられないんでしょ?」
「長く一緒におりたいからふたりで努力しよなってことや」
「キムチ入れたりごまだれにしたり?」
「せや、たまにパンチ利いたやつも食いたなるやろ」
「もうなんの話だったかわかんないし」
「素麺に戻したのやろ」


「人が真面目な話しとんのに」小皿に盛っていたワサビを零れ落ちそうなくらい取ったかと思えばあろうことかそのまま私のつゆにドボンと落とす、フリをした。箸を一時停止させている蔵ノ介は必死な形相の私に気づいて悪戯に笑う。


「やめてよビックリするじゃん!」
「ハラハラしたやろ?たまにはこういうスパイスも必要って話や、ワサビだけにな」


上手い事言ったつもりなのかひと仕事終えたような満足気な顔が癪なので、戻されたはずのワサビを取って今度は本当に蔵ノ介のつゆに入れてやった。「ちょっ!なにしてんねん!」と驚かせることには成功したものの、幸か不幸か蔵ノ介は辛い物にめっぽう強い。少し多めの素麺と流し込んでしまえばどうにか乗り切れてしまうのだ。それでも少し涙目になりながら「美味いほんま美味い」と強がる様子がどうにも可笑しくて、確かにこういうスパイスも必要かもなと納得してしまった。(隙のある彼は珍しい)(そしてとても愛おしい)


「そんなに気に入ったんなら何束か持ってく?まだ大量にあるし」
「いらん、んちで食うからええねん」
「蔵ノ介んちで食べても美味しさは変わんないよ」
「『饂飩蕎麦より嬶の傍』、いうてな」
「うどんそばより?カカの、そば?」
「饂飩や蕎麦食うてるより女房といる方がええ、いうこと」
「え、めちゃくちゃ嬉しい…!」
「食欲より性欲って意味や」
「…喜んで損した、てか今は素麺でしょ」
「『饂飩蕎麦より素麺と嬶の傍』やな」


(語呂悪すぎ)
「ごちそうさまでした」とお行儀よく箸を置いたかと思えば「もはよ食い終わらんかなあ〜」とわざとらしくアピールしてくるので、ちょうどひと口分残った素麺を口に運びながら「今日は絶対映画見に行くんだからね!」とたいした効力にもならないであろう念押しをした。







(2018.5.12)


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