雨の日は言わずもがな湿気が凄い。狭いワンルームの我が家でシーツや布団カバーを洗って干そうだなんて自殺行為だ。それなのになぜ私はこんな日に限って寝具など洗濯してしまったのか。いや、私は悪くない。悪いのは天気だ。天気予報だ。ついさっきまで『今日こそ洗濯してください!』と言わんばかりの快晴だったじゃないか、天気予報仕事しろよ。降水確率10%って言ってただろ。うちに乾燥機なんて立派なものはないし、このまま無理やり干したらカビが生えてしまうかもしれない。(お金もったいないけど、コインランドリー行くしかないか…)こんな日の洗濯は時間との勝負。善は急げと濡れたままの寝具を大きなIKEAの袋に詰め込んでいく。スッピンを大きな伊達メガネで誤魔化して、適当なTシャツとデニムに着替えた。幸い近所に知り合いも住んでいないので特に問題はないだろう。傘を握りしめ気合を入れて一歩踏みだすも、ありがたいことに雨脚はそんなに強くない。最寄りのコインランドリーは先月出来たばかりのおしゃれなタイプで、もう少しまともな格好すればよかったかなと少し後悔した。






みんな考えることは一緒のようで、洗濯機は大小問わず全て使用中だった。久しぶりのコインランドリーに戸惑いつつも既に洗濯が終わっているものを見つけ「…失礼しまーす」と小さく断りを入れながら重い蓋を開ける。大きなパーカーや古着っぽいTシャツ、色味のないタオル…(男の人かな)。ひととおりカゴに出し終えて、備え付けの『取り出しましたカード』を申し訳程度に乗せておこうと手を伸ばした。


「あ、もう終わってたん?すんません」


背後からかけられた聞き慣れないはずの関西弁はなぜか妙に覚えがあった。振り返ると、やっぱり見覚えのある少々目つきの悪い青年が傘を畳んでいる。


「え、一氏くん?」
「ん?おぉなんやか」
「一氏くんちここらへんだっけ?」
「先週引っ越してん、前の家更新で家賃上がるいうてな」
「なんだそっか、知らなかった」
「あー…俺こないだゼミ休んだからなぁ」
「あ、そうだよ!大変だったんだからね?代わりに急に発表回ってきて」
「すまんすまん急に実家帰る用事出来てん」


「お詫びになんか奢るわ」と言う一氏くんのお言葉に甘えて、私の洗濯が終わるまで併設のカフェでお茶をすることにした。(最近のコインランドリーはお洒落だなぁ…)キョロキョロしながら感心していると、メニューを眺めている一氏くんも「最近のコインランドリーは洒落とるな」と全く同じことを言ったので思わず吹き出してしまう。「なんやねん」と怪訝そうな顔する一氏くんを「なんでもないよ」と慌ててなだめていると、ありがたいタイミングで店員さんがやって来た。私の前には小ぶりのパンケーキと紅茶、一氏くんにはサンドイッチとコーヒー。憂鬱だった休日が急に充実の兆しを見せる。なんだか嬉しくて抑え切れないニヤニヤを噛みしめていると「なにニヤニヤしてんねん」と再び一氏くんのツッコミが入ったので、私もまた「なんでもないよ」と笑ってなだめながら美味しそうなパンケーキにナイフを入れた。


「ほんで発表は?無事終わったん?」
「あーうん、まぁなんとなくは準備してたからギリギリで間に合った感じかな」
「さすがゼミ長やな」
「関係ないでしょそれ、そもそもジャンケンに負けただけだし」
「教授も褒めとったで」
「私を?」
「『さんはいつも元気でいいですね!』」
「えー!似てるけど褒め方が小学生みたいだよ!それほんとに言ってたの?」
「いや、俺がそう思っとっただけ」
「…子供っぽくてすいませんね」
「褒めとるやんけ」
「嘘だー」
「女はなんでも素直に受けとった方が可愛いで」


一氏くんは意外とあっさりこういうことを言う。意識せずに、放り投げるみたいに。だから結構モテる。当の本人はあまり興味が無いのか、大阪に残してきた彼女でもいるのか浮足立つ様子はない。だから尚のことモテるのだ。罪な男め。


「一氏くんてさ、ずるいよね」
「あ?なんやいきなり」
「だって普段は芸人みたいな感じなのに、おしゃれだし、そんな感じだし?」


「そんな感じってどんな感じや」と呆れたようにたまごサンドにかぶりつく。そんな感じはそんな感じだ。上手く説明できないけど。そうやって格好つけずに食べる感じとか、そうやって女の子相手に睨んだりしてちょっと怖いけど変に媚びない感じとか。言葉にならないモヤモヤをナイフにぶつけると勢い余ってお皿まで動いてしまった。大きくカチャンと鳴ってカップの水面が揺れる。


「落ち着いて食えや子供か」
「…ごめんなさーい」
「自分なんや今日中学生みたいやな」
「はあ?なにそれ」
「すっぴんやとめっちゃ幼く見えるわ」


ガチャン!すっかり忘れてた。わりと普段ばっちりメイクされているはずの私の顔にはアイラインすら引かれていない。ぼんやりしたタレ目がそこにあるだけだ。カラコンも入れてないし、唇の血色も悪い(に違いない)。


「うーわ最悪っ!!」
「今更すぎるやろ、気にしてへんのかと思うとったわ」
「気にするよ!てかもう気づいても言わないでよ恥ずかしくなってきた!」
「こっちの方がええで」
「それ褒めてる?貶してる?」
「アホ、女の顔なんか貶すか」


アァーともウゥーともつかない唸り声を上げながら、苦し紛れに両手で顔を隠した。「今更遅いでー」と言われようと「いい加減観念せえー」と言われようとパンケーキを勝手に一口食べられようと、もう鉄壁のガードを崩すわけにはいかない。


「お前なあさっきも言うたやんけ、なんでも素直に受け取った方が可愛いで」
「そういう問題じゃないの!それとこれは別!」


受け取ったところで私の顔面が今すぐフルメイクになるわけじゃないし、どうせ見られるなら最高のコンディションでいたいのが乙女心ってやつだ。指の間からチラリと覗くと、パンケーキはさらに二口も三口も食べられていた。残り少ないそれを狙うフォークは未だ一氏くんの手中にある。最後の苺が惜しくていよいよ観念すると、一氏くんはやっとフォークを返してくれた。


「…食べてもいいけど私の分残しといてね」
「言われんでももういらんわ」
「…あんまりこっち見ないでね」
「アホ、見るな言われると余計見たくなるんが人間の性や」
「一氏くん性格悪いね?!」
「ぬかせ、こんな優しい男そうおらんぞ」


自分で言ったくせに、一氏くんはその後ちっとも目を合わせてくれなくなった。 「知ってるよ」と言うと、「男見る目養わんと痛い目みるで」とやっぱり明後日の方向を向いたまま。(そういう感じが、ほんとずるいよね)








(2018.5.23)


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