気づけば時刻は夜中の2時。久々の休日を前にすっかり浮かれてしまい、学生時代の友達と散々飲んで帰宅したのが確か1時くらい。それから1時間何をしていたのかほとんど記憶にないけれど、ソファの上で目が覚めたということはそういうことなのだろう。テーブルに置いてある炭酸水は…確か帰りがけにコンビニで買ったんだっけ?蓋は開けっ放しですっかりぬるくなっていた。 (飲みすぎたなぁ…さっさと寝よ…)気の抜けた残りの炭酸水を飲んで洗面所に向かおうとすると、少し距離のあるところから着信音が聞こえてきた。酔っぱらって何処かにぶん投げてしまったんだろうか。音のする方を辿っていくと、玄関の隅っこで早く出ろよと言わんばかりに鳴いている。こんな真夜中に電話だなんて仕事だろうか?慌ててディスプレイを確認すると、表示されているのは思いもよらない人の名前だった。


「も、もしもし?降谷さん?!」
「遅い、2コール以内に出ろ」
「いや無理言わないで下さいよ!何時だと思ってるんですか!?…てか降谷さん、生きてたんですね」
「どういう意味だ、僕の死亡説でも出てるのか?」
「だってみんな降谷さんの姿最近見てないって言うし、風見さんも2週間くらい音信不通って言ってたし」
「たかが2週間で殺さないでくれ、上には報告してる」
「でもよかったあ〜…本当に心配してたんですよ?」


降谷さんは「あぁ」とだけ言って、しばらく謎の沈黙が続いた。車の中だったのだろうか、向こう側からはバタンとドアを閉める音や靴音が聞こえてくる。思わず耳を澄ませているとインターホンの鳴る音がして、違和感を感じて振り向くとそれはこちらの音だった。カメラには男性と思わしき影が映っている。


「どうしましょう降谷さん、こんな時間にインターホン鳴らされたんですけど」
「早く開けろ」
「え?」
「僕が鳴らしたんだ、早く開けろ」
「はぁ?!」


慌てて確認すると、確かにカメラには降谷さんが映っていた。もちろん顔は映らないようにしているけれど、スラリとしたスーツ姿には少し不似合いな色素の薄い髪。それが彼だということはすぐにわかる。唖然としながらオートロックを解除するとものの1分くらいで今度はドア前のインターホンが鳴り、慌てる間もなくズカズカと不機嫌な足音を響かせながら勢いよくドアが開けられた。


!鍵くらい締めろ!お前のとこの田舎じゃないんだぞ!」
「へ、開いてました?…酔って帰ってきたから全然覚えて無くて…」


それ以上怒るパワーも残っていないのか、降谷さんはそのまま大きなため息をついてソファーに勢いよく座った。気の抜けた炭酸水に勝手に口をつけて、「不味い」と文句を零す。目の下にクマを作って明らかに疲れている様子でネクタイを緩めながら、その頭はどんどん下へと沈んでいった。明らかにそのまま寝る体勢だ。


「ちょっと降谷さん!そこで寝たら風邪ひいちゃいますよ?」
「少し横になるだけだよ」
「いやむしろちゃんと寝て下さいよベッド使っていいですから!」
「そんなことより水くれないか、ちゃんと冷たいやつ」


早くしろと言わんばかりに降谷さんの腕がシッシッと私を払い除ける。(人使いが荒い!仕事中じゃないんですけど?!)仕方なしにキッチンに向かう私の足取りは思いの外しっかりとしていて、どうやらお蔭様で酔いもすっかり冷めてしまったみたいだ。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しながら「そういえば風見さんが降谷さんから検印もらえなくて報告書出せないって嘆いてましたよ?」と話しかけると、返ってくるはずの不機嫌そうな声が聞こえない。眠気に襲われている時の降谷さんはめちゃくちゃ怖いから、こっちだってわりと覚悟をもって挑んでるんだけど。返事くらいしてほしい。


「降谷さん?」


気を利かせて氷いっぱいのグラスまで用意してきたというのに、 降谷さんはいつの間にか静かな寝息を立てていた。グラスを置く音にも氷の崩れる音にも反応せず、珍しく深く深く寝入っている。(可愛い寝顔、部下に見られてますよ…)起こしてしまわないよう邪心を押し殺しながらそっとブランケットをかけるまでが今日の最後のミッション。無事やり遂げたご褒美としてしっかりその寝顔は記憶に焼き付けさせてもらおう。床に落ちているジャケットを拾い上げて、私は少しずつリビングの明かりを落とした。


「おやすみなさい、降谷さん」








(2018.5.6)


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